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福岡地方裁判所小倉支部 昭和37年(ワ)484号 判決 1965年4月16日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙物件目録記載の家屋を明渡し、且つ昭和三七年七月一日より右家屋明渡ずみまで一ケ月三万円の割合による金員及び同月四日より右家屋明渡ずみまで一日一、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、

請求原因として、

(一)  原告は被告との間に原告が被告に対し別紙物件目録記載の家屋(以下「本件家屋」という)を次のような条件で賃貸する旨の契約を締結して右家屋を賃貸した。

(1)  契約日       昭和三五年一〇月三一日

(2)  賃貸借期間     右同日より同三六年一〇月三〇日まで

(3)  賃料及び支払方法  一ケ月三万円毎月末限り翌月分の賃料を支払う。

(4)  次のような場合は通知催告等の手続を要しないで直ちに契約を解除することができる。

(イ)  賃料の支払を二回以上怠つたとき

(ロ)  賃借人が住所を他の地に移転したとき

(5)  賃借人が本件賃貸借契約が終了したに拘らず賃借物を返還しない間はその理由の如何を問わず賃料に相当する金員及び一日一、〇〇〇円の割合による違約金を支払う。

(二)  被告は原告に対し昭和三七年六、七月分の賃料を約定による支払日までに支払わず、又被告の本店を従前大阪市に置いていたが、賃借後右本店の住所を本件家屋所在地に置き住所を変更した。

(三)  前項の事実は本件賃貸借契約の解除特約条項に該当するので、原告は被告に対し昭和三七年七月二日内容証明郵便で右事由及び本件契約はすでに期間満了していることも付加して本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月三日被告に到達した。従つて本件契約は同月三日解除された。

(四)  仮に前項の事由に基く契約解除の主張が認められないとしても、被告は更に原告に対し昭和四〇年一月分から同年三月分までの賃料を約定の日までに支払わない。従つて本訴昭和四〇年三月一二日の口頭弁論期日において本件賃貸借契約解除の意思表示をした。よつて右契約は同日解除された。

(五)  被告は本件契約解除後も本件家屋を占有して原告に対し賃料相当額である一ケ月三万円の割合による損害を与えている。

(六)  よつて被告に対し本件家屋の明渡を求めると共に、昭和三七年七月一日から同月三日まで一ケ月三万円の割合による賃料、同月四日から右家屋明渡ずみまで同額の割合による賃料相当の損害金及び一日一、〇〇〇円の割合による特約に基く違約損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁に対し

「右抗弁事実を否認する」と述べた。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、

答弁並に抗弁として、

「(一) 請求原因(一)の事実中被告が原告から本件家屋を(1)、(2)、(3)の条件で賃借したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実中被告が昭和三七年六、七月分の賃料を約定期日までに支払つていないこと、賃借後被告本店の住所を登記簿の面で賃借後本件家屋所在地に変更したことは認める。然し事実上、本件契約成立以前から大阪の店舗は廃止し、本件家屋のみで営業をしていたのであつて、事実上の住所の変更はない。

同(三)の事実中被告が原告主張の頃その主張のような書面を受取つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(四)の事実中契約解除の意思表示があつたことは認めるがその余の事実は否認する。

同(五)の事実中被告が本件家屋を占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 被告は昭和三六年一〇月末日、一一月分の賃料につき弁済の提供をしたところ、原告は期間満了により本件契約は、失効したと主張して受領を拒絶し、爾後も受領拒絶を続けた。従つて原告は賃料としてはあらかじめ受領を拒絶しているのであるから受領遅滞にあるものというべく被告は債務不履行とならないから従つて本件解除の意思表示は無効である」

と述べた。

立証(省略)

理由

原告が昭和三五年一〇月三一日被告に対し本件家屋を一ケ月の賃料三万円毎月末限り翌月分の賃料を支払う、賃貸借期間を同日から同三六年一〇月三〇日までとする約で賃貸したこと、爾後被告が右家屋を占有していることは当事者間に争がなく、右契約については当時公正証書が作成されていることは成立に争のない甲第一号証によつて認められる。

次に原告が被告に対し昭和三七年七月二日内容証明郵便で、同年六、七月分の賃料を支払わないこと、被告本店を大阪市から本件家屋所在地に変更したこと、及び期間満了を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月三日被告に到達したこと、及び昭和四〇年三月一二日同年一月ないし三月分の賃料不払を理由に契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

よつて解除の効力について考える。

前掲甲第一号証(本件賃貸借契約公正証書)によれば賃料の支払を二ケ月分以上怠つたときは催告その他を要せず本件賃貸借契約を解除し得る旨の約旨があることが認められ、右解除の通知が被告に到達した当時原告主張の六、七月分の賃料の支払がなかつたことは当事者間に争がないが、成立に争のない乙第三、四号証、原、被告本人尋問の結果(後記認定に反する部分を除く)によれば原告は昭和三六年九月分の賃料まではこれを異議なく受領して来たが、被告が原告に対し同年一〇月分の賃料を弁済のため提供したところ、原告は同年一〇月三〇日で賃貸借契約の期間が満了すると主張してその受領を拒絶し、翌月分以降の賃料についても被告は数回にわたりこれを提供したが、いずれも前同様の理由でこれを受取らなかつたこと、そのため被告は一〇月分以後の賃料を供託してきたこと、同様にして昭和三七年六、七月分の賃料についてはこれを原告に提供することなく直接同年七月三一日弁済供託したこと、以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件は原告が賃貸借契約は期間満了により終了していると主張して爾後は賃料債務としての弁済を受領しない意思が明確である場合であると認められるからかゝる場合にはその後昭和三七年六、七月分、同四〇年一、二、三月分の賃料について弁済の提供をしないまゝ約定の履行期を過ぎてもそのため被告が債務不履行の責を負うことはないと解すべきである。

従つて原告の被告に対する賃料債務不履行を理由とする各契約解除の意思表示は効力を生じない。

次に前掲甲第一号証によれば、前記賃貸借契約の際契約公正証書には賃借人において住所を変更したときには催告なくして本件契約を解除し得る旨を約する旨の記載があり、被告の本店所在地が賃借後登記簿上大阪から本件家屋所在地に変更されていることは当事者間に争がないが、成立に争のない甲第二号証に被告本人尋問の結果によれば、被告は本件賃貸借契約成立前から従来大阪と、本件家屋の両方において店舗を構えて靴を販売し、本店所在地を大阪にしていたが、本件家屋の店舗の方が規模が大きくなり、本件契約締結当時には既に大阪の店舗を閉鎖し、本件家屋のみを店舗として営業しており登記簿上の届出がおくれたに過ぎないことが認められ、右事実に、一般に賃貸借契約において住所の変更が解除事由となつているのは賃借人において賃借家屋を使用せず保管義務をつくさないことからであることを考え合せると、本件において前記認定の本店所在地の変更は、本件契約解除の事由となり得る「住所を移転したとき」に該当しないと解するを相当とする。

従つて右を理由とする契約解除の意思表示も効力を生じない。

尚、原告は期間満了も本件賃貸借契約解除の事由として主張しているけれども、通常の賃貸借契約においては、借家法の適用により右のみをもつて賃貸借契約の終了原因にならないから、右主張も採用できない。

とすれば原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

北九州市小倉区魚町一一六番地

家屋番号  魚町一九一番

一、木造亜鉛板葺二階建店舗兼居宅一棟

建坪   一四坪一合

外二階  一四坪一合

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